ガザ南部ハンユニスのマワシ地区の避難民キャンプで2024年春、避難生活を送るガザ市民が立ち上げた教育支援プロジェクト「Education 4 Gaza / ガザに教育を」が運営する「ワタン学校」に参加している子供たちのメッセージが届きました。
現在、4歳〜14歳までの子どもたち1500人以上が週3日ずつ通い、アラビア語、算数、理科、英語の基礎科目を学んでいます。戦争で傷ついた子どもたちの心を癒すための心理ケアプログラム、安心して子どもらしい時間を取り戻すためのレクリエーションの時間にも力を入れています。自分の感情を表現するために絵や文章を書く時間、音楽やスポーツ、演劇、踊りやダブケ(伝統舞踊)、夏のサマーキャンプなど様々な工夫を重ねています。

ワタン学校の子どもたち
ワタン学校には、ガザ地区の様々な地域から避難してきた子どもたちが通っています。何度も避難を繰り返してマワシ地区にたどり着いた子ども、家族や親戚、友人を空爆で失った子どももいます。
16名の生徒たちが、辛かった経験、学校で学ぶことの喜び、好きな教科や活動、将来の夢を語ってくれました。
※学年と年齢 : 6年生12歳〜13歳、7年生13歳〜14歳

ムディーア・アル=ジャッラ 13歳

シャンム・アブー・サムラ
10歳

シラージュ・ナーイル・アフマド・アル=アッターア
12歳

トゥカー・ムラード・アル=カタウィー
14歳

マリヤム・ハーリド・アイヤーシュ
12歳

アシール・アル=カーディー

ラガド・イヤード・スブヒ・アル=ファッカアウィー

バーシム・シュベール

バスマ・ファーイズ・アル=ファッカアウィー
6年生

マアーン・ブルハーン・アイン・アル=ラハム
12歳

リーマ・ナーセル・アブドゥルファッターハ・ハーミル
9年生

ジャナー・ムハンマド・アン=ナッハーン
13歳

アミール・ムハンマド・サクル
7年生

スルターン・オマル・アル=アーガー

アフマド・ハーリド・ナッジャール
7年生

ムウミン・ムハンマド・ナッジャール
7年生
■ムディーア・アル=ジャッラ 13歳
学校に通いながら、聖歌隊やダブケ(伝統舞踊)、絵画などの特技に励んでいます。
私の夢は、戦争が終わって空間デザインやインテリアコーディネートを学び、イスラエルが破壊した家々を建て直すことです。
■シャンム・アブー・サムラ 10歳
夢は先生になって、医師やエンジニアを育てることです。
人々の権利や子どもたちの自由・遊び・楽しむ権利を取り戻し、皆に笑顔を取り戻せるような、真面目で努力家な大人になりたいです。
■シラージュ・ナーイル・アフマド・アル=アッターア 12歳
学校で一番好きな教科は英語です。自分の家に帰りたいです。ダブケを踊るのも好きです。
■トゥカー・ムラード・アル=カタウィー 14歳
人々を治療するために医師になりたいです。戦争中は空爆や飢餓など、本当に辛い避難生活を経験しました。
■マリヤム・ハーリド・アイヤーシュ 12歳
勉強がしたくて、ワタン学校を見つけるまで学校を探し続けました。毎日通うようになり、勉強が好きになりました。
将来は心臓外科医になりたいです。医師たちが治療する姿を見て、私も人々を助け、役に立ちたいと思ったからです。
■アシール・アル=カーディー
友達を通じてワタン学校のことを知り、とても気に入って入学登録をしました。
私は英語が好きです。先生がとても愛情込めて教えてくれるので、大好きになりました。
将来の夢は、私たちパレスチナの民の子どもたちを治療するために医師になることです。
■ラガド・イヤード・スブヒ・アル=ファッカアウィー
従姉妹がワタン学校のことを教えてくれて、一緒に行って申し込みました。受け入れてもらえる空きがあることを願っていたら、幸いにも登録できました。
一生懸命勉強して良い成績を取り、将来は科学者になって国に貢献し、誰からも愛される立派な人間になりたいです。
■バーシム・シュベール
ワタン学校に登録したら、とても温かく迎えてくれました。ここで勉強できて、自分の学校を誇りに思っています。
理科の授業になると本当に嬉しくなります。先生のおかげで理科が好きになりました。
夢は父のような医師になることです。父は私の手本であり、医学は単なる職業ではなく、思いやりと奉仕に満ちた使命なのだと教えてくれました。父に倣って、患者を治し、助けを必要とする子どもたちが笑顔を見せてくれるような仕事をしたいです。単に医師になるだけでなく、みんなに美しい笑顔になってもらいたいです。
■バスマ・ファーイズ・アル=ファッカアウィー 6年生
自分の夢を叶えるためにワタン学校に来られて、とても嬉しいです。避難した当初はまったく学校がありませんでした。夢を叶えるために、それ以上のために、ここに来たいと強く思っていました。
一番好きな授業は、カウンセラーと一緒に劇や演劇の練習をするときです。本当に大好きです。レクリエーションなどで外に出るのも好きです。
外科医になって病気に苦しむ人々や、精神的ストレスに苦しむ人々を助けたいという夢があります。
私たちには勉強する権利がありますし、祖父母や友達の誇りになるためにも勉強したいです。
■マアーン・ブルハーン・アイン・アル=ラハム 12歳
避難民として本当に苦労しましたが、しばらくしてワタン学校を見つけ、ここで勉強するようになりました。ワタン学校で勉強するのが好きだし、ここで学べていることが誇らしいです。
勉強したり、絵を描いたり、外で遊んだり、スポーツができる学校を作ってくれたことに感謝しています。先生方のことも全員大好きです。ワタン学校では、遊び、勉強し、同時に気分転換もさせてくれます。
■リーマ・ナーセル・アブドゥルファッターハ・ハーミル 9年生
以前の私たちの暮らしは、喜びと笑顔と学びに満ちていました。朝早く起き、本がいっぱい詰まったカバンを背負って学校へ行っていました。
戦争の後、マワシへ避難してワタン学校を知り、とても楽しく過ごしています。先生方も責任感を持って接してくれています。
工学を学ぶという夢を果たすために勉強を続けることにしました。先生方やみんなと一緒にいられてとても幸せです。
■ジャナー・ムハンマド・アン=ナッハーン 13歳
ラファに住んでいましたが、避難が始まってここに来ました。家を離れた瞬間は本当に、本当に辛かったです。一番辛かったのは、自分の家やそこに残してきた良い思い出と別れなくてはいけないことでした。
勉強がしたくて近くに学校がないか探し回り、ワタン学校を見つけ通い始めました。
この学校で一番良かったのは、学び、遊び、勉強し、文章を書き、絵を描けることです。すべてが素敵でした。私はこの学校と学びが大好きです。
大きくなったら保育士になりたいです。子どもが大好きだし、戦争中に泣いている子どもたちを見ると抱きしめてあげるからです。
■アミール・ムハンマド・サクル 7年生
一番好きな教科は数学で、一番好きなことはバスケットボールとサッカーです。
一番悲しかったのは、空爆されて家族が亡くなったことです。僕が海辺にいたとき、家族は家の近くにいました。母方の祖父の家の近くで占領軍に攻撃されました。家族が亡くなったとき、僕はとても混乱しました。そしてこのワタン学校に来ました。
遊びなどを通じて僕を支えてくれ、過去の辛いことを全て忘れさせてくれました。とても嬉しかったし、過去を忘れられました。
占領軍に壊された家を再建するために、建築技師になりたいです。僕たちが最初にテントを建てた時、子どもたちが希望に満ちた目で僕私たちを見つめていたのを思い出します。
■スルターン・オマル・アル=アーガー
避難した近くに学校があり、勉強ができると聞いて嬉しくなりました。他の学校はどこも空きがなくて受け入れてもらえませんでしたが、ワタン学校で読み書きの勉強を始めることができました。
将来は優れた医師、整形外科医になりたいと思い、勉強しています。以前、父が足を骨折した際、腕の良い医師が治療してくれたおかげで断足を免れたという出来事があったからです。
僕も優れた整形外科医になって、父のようなことが起きたら足を治療し、誰かを幸せにしたいです。このワタン学校から学びをスタートし、大学へ進んで、パレスチナ一番の整形外科医になりたいです。
学校で一番好きな時間は、算数のムハンマド・アブー・ヒラール先生の授業です。先生は算数を誰よりも分かりやすく教えてくれます。
■アフマド・ハーリド・ナッジャール 7年生
マワシに避難して1カ月ほど水汲みなどをしていたところ、近くに学校が開校したと聞いて登録し、勉強を再開しました。たくさんの友達もできました。
一番好きな瞬間は、先生から指名されて質問されたときです。自分が大切な存在だと感じられますし、自信を持って答えることができました。
大きくなったら電子工学のエンジニアになりたいです。電子機器がなければ生活が成り立たないからです。愛する人たちと連絡を取ることもできません。電子機器が途絶えると、カメラなども使えなくなります。
郵便だけに頼るわけにはいきません。郵便は手紙が紛失するかもしれないからです。愛する人たちからの便りが途絶えると、何が起きたか分からず不安になります。もし誰かが亡くなっても、手紙が届かなければお悔やみを伝えることもできません。
■ムウミン・ムハンマド・ナッジャール 7年生
避難先でワタン学校があると聞き、登録してたくさんのことを学びました。先生の質問にも心を込めて答えられるようになりました。
将来は人々を教える教師になりたいです。
一番好きな瞬間は、先生から質問されて自信を持って答えられたときです。
一番辛かった出来事は、親戚の家が空爆されたときのことです。2発のミサイルが直撃し、5人が亡くなりました。私たちの家はすぐ隣でしたが、幸いにも生き延びることができました。
教育によってのみ、破壊されたものを再建できる
ワタン学校の運営責任者であり、パレスチナ人権委員会(PCHR)の人権委員でもあるアブデルハリム・アブサムラさん。
「占領の歴史を通じて、私たちパレスチナ人にとって、教育を守ることが抵抗の一つとなってきた。誰も、頭の中までは奪えない。教育によってのみ壊されたものを再建できるのであり、教育がなければ無知だけが残ってしまう。パレスチナの人々は、教育によってこそ子どもたちを育むことができるとわかっています」と語ります。
ガザの子どもたちとガザの未来にとっていかに教育が重要か、現地の状況とともに寄稿してくれました。

ブデルハリム・アブサムラさん
ガザの子どもたちー戦禍の子ども時代、それでも消えることのない希望
アブデルハリム・アブサムラ(ワタン学校責任者/パレスチナ人権委員会(PCHR))
ガザでは、子ども時代とは、学校に通い、遊び、夢を見ることだけを意味しません。何千人もの子どもたちが、戦争、避難、恐怖、家族を失うという経験に直面しています。同時に安全、教育、医療を受けるという最も基本的な権利を奪われています。
国際機関の報告によると2026年初頭までに、2万1,000人以上の子どもたちが死亡し、4万4,000人以上が負傷しています。また、100万人を超える子どもたちが、保護と心理社会的支援を必要としています。約70万人の子どもたちが、ほぼ3学年度にわたって正式な教育を受けられず、5万8,000人以上の子どもたちが、両親のいずれか、または両親を失っています。
学校を奪われた世代
教育は、この戦争によって最も大きな被害を受けたものの一つです。学校の90%以上が損壊または破壊され、学齢期の子どもたちのおよそ60%が、今も対面での教育を受けられていません。
子どもにとって学校は、単に学ぶためだけの場所ではありません。学校は安心して遊び、友だちと過ごし、自分自身を発見し、未来を築いていくための場所でもあります。したがって、子どもたちから教育を奪うことは、単に学校で過ごす年月を奪うだけではありません。それは、一つの世代全体の未来を脅かすことでもあるのです。
見えない傷
繰り返される避難、大切な人を失うこと、絶え間ない恐怖、安定した生活の欠如は、子どもたちの心に深い傷を残しています。多くの子どもたちが不安、睡眠障害、集中力の低下、学習上の困難などを抱えており、安心感や他者への信頼を取り戻すために、継続的な心理社会的支援を必要としています。
同時に、膨大なニーズに対応する医療システムの能力が低下する中で、子どもたちは栄養不良、病気、清潔な水や医薬品、医療サービスの不足といったリスクにも直面しています。
それでも、子どもたちは夢を描き続ける
このような状況の中でも、ガザの子どもたちは絵を描き、学び、遊び、紙の上に自分たちの夢を描き続けています。
ある子どもが木や学校、家、あるいは星でいっぱいの空を描くとき、その子はただ自分の目に映っているものを描いているのではありません。自分が生きたいと願う人生を表現しているのです。
だからこそ、心理的支援のみならず、教育、文化、芸術、スポーツ活動の支援を行うことは、決して贅沢ではありません。それは、子どもたちを守り、子ども時代を取り戻し、未来を築いていくために不可欠なものなのです。
子どもたちの未来のために
ガザの子どもたちに必要なのは、緊急支援だけではありません。安全、教育、医療、心理的支援、遊びや自己表現のための安全な場所、そして自分たちの未来を築いていくための真の機会を必要としています。
ガザの復興は、ガザの人々が再び立ち上がることから始まります。そして、その出発点となるのが子どもたちです。
今日、一人の子どもを守ることは、明日の未来を守ることです。
そして、一冊一冊の本、一つ一つの授業、一つ一つの安全な居場所、遊びと希望のための一つ一つの機会が、より人間らしく、尊厳ある未来へと向かう一歩となるのです。
ガザの子どもたちは、単なる数字ではありません。
彼らは一人ひとり、名前があり、顔があり、夢があり、そして守られるべき未来がある子どもたちなのです。

アブデルハリムさん(右)と「ワタン学校」の生徒さんたち
※子どもたちの絵の記事のリンク ⇒戦争体験を超えて生きようとする力 | パレスチナのいま
・「Education 4 Gaza / ガザに教育を」 支援サイト⇒https://syncable.biz/associate/Education4GazaJapan/vision
・NHK World News (英語) ⇒https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/videos/20260622113900863