戦争体験を超えて生きようとする力

――ガザ・ワタン学校の子どもたちの絵

戦争によって教育の機会を奪われたガザで、住民たちが自主的に開いた「ワタン学校」から子どもたちが描いた絵が企画展「パレスチナはいま」に送られてきた。ガザ南部ハンユニスで 市民が始めた「Education 4 Gaza / ガザに教育を」という子供たちの教育支援プロジェクトである。

 企画展の実行委員会メンバーで、日本で「Education 4 Gaza 」への支援活動を行っている二口愛莉さんが「Education 4 Gaza 」の世話人のアブデルハリム・アブサムラ氏と連絡をとり、ワタン学校の子供たちの様子を伝える写真やメッセージを送ってもらった。100枚以上の子どもたちの絵も送られてきた。

一枚の絵に、右はスクールバスに乗る「戦争前」と、左のテントの学校の「戦争後」を描いている

自分たちで描いた絵を見せあっている子供たち。「ワタン学校」で。

絵には、子どもたちが現在暮らしている避難キャンプの生活が描かれているものも多い。テントのそばでの炊事、食事を用意する家族、炊き出しに並ぶ人々の長い列など、子どもたちが日々目にしている光景である。

 もちろん、戦闘機やミサイル、炎を上げる建物、破壊された町を描いた絵もある。しかし、暗く悲惨な絵ばかりではない。家族が一緒に過ごす姿や、家、木、海、明るい空も描かれている。黄色や赤、青、緑などの鮮やかな色を使い、子どもらしい形や構図で描かれた作品もある。子どもにとって、色鉛筆やクレヨンを手に取り、白い紙に好きな絵を描くことは、本来楽しい時間である。何を描くか、どの色を使うか、画面のどこに何を置くかを、自分で決めることができる。不自由な避難生活の中で、絵の中では自分で世界を選び、つくることができる。その小さな自由と達成感が、戦争によって失われた自信を取り戻すことにつながる。

戦争を経験した子どもに絵を描いてもらうことには、もう一つの意味がある。

 2008年以来、繰り返しイスラエルの攻撃を受けてきたガザでは、子どもたちに絵を描かせることは戦争による心の傷に対する心理的支援の一環として行われてきた。私(川上)が、10年前にハンユニスの児童館を取材した時、女性の心理療法士は、戦争後、児童館のすべての活動は、子どもたちの心理ケアを重視するものとなる、と話した。絵を描かせることは、その方法の一つだという。

 爆撃や家族の死、繰り返される避難によって受けた恐怖や不安が元で、子供たちには「夜尿症、恐怖、放心、粗暴化、鬱、不安、悪夢、食欲不振、社会的孤立」などの精神的な影響が残る。家族や友人の死に出会って、一言も話さなくなった少女や、怒りっぽく、激しやすくなった少年もいるという話を聞いた。

 飛行機の音や爆発音、光、夢などをきっかけに記憶が突然よみがえり、危険がいま再び起きているかのように感じられる。思い出さないように心の中に封じ込めても、恐怖によって自分の感情をコントロールできなくなってしまう子供もいる。

 児童館では子供たちに戦争中の体験を話させ、絵を描かせ、劇を演じさせながら、子どもたちが自分の感情をコントロールし、自信を取り戻させるようにする、と話していた。形のなかった恐怖に言葉や色、線、場所、登場人物を与え、自分の外に表すことで、子どもがその記憶や感情を少しずつ扱えるようにすることである。

 それは、戦争の記憶にコントロールされる状態から、子ども自身がその記憶をコントロールできる状態へ移っていく過程でもある。

 ただし、絵は恐怖や悲しみを表すためだけに描かれるのではない。子どもたちは、家族との暮らし、好きな場所、身近な人々、取り戻したい家や学校、思い描く未来も絵にする。カラフルな色を使い、描くことそのものを楽しむ時間の中にも、心の癒やしがある。完成した絵を見て「自分にも描けた」と感じることは、自信の回復にもつながる。

 友達と一緒に描くことにも意味がある。ほかの子どもが何を見て、何を感じ、どのような絵を描くのかを知ることで、自分だけが恐怖や寂しさを抱えているのではないと気づくことができる。同じテント生活を描いても、使う色や登場人物、場面は一人ひとり違う。互いの作品を見せ合い、話し合うことは、友達とのつながりを取り戻すとともに、それぞれが自分の経験や思いを表す自己表現の機会になる。

 今回、ワタン学校の子供たちが描いた絵は、テーマも題材も幅広く、描き方も多様だが、どの絵にも、子供たちが戦争の体験を超えて、生きようとする力を感じる。

ワタン学校で子供たちが絵を描き、作品を展示する活動は、戦争によって奪われた子どもらしい時間と、自分を表現する力、そして、自信を少しずつ取り戻す試みなのである。(文責・川上泰徳)

▶他の「ワタン学校」の子供たちの絵を見る。⇒

 

Back to top