原口昇平(詩人・翻訳家)
※企画展「パレスチナのいまーガザ、ヨルダン川西岸2023‐26」(東京・目黒区美術館区民ギャラリー、10/6-12)の関連イベントとして、10月7日(水)夕、映画『ガザ 攻撃される医師たち(Gaza: Doctors Under Attack)』の上映会を行います。上映後、字幕をつけて、日本での上映をおこなっている詩人・翻訳家、原口昇平さんのアフタートークを行います。企画展でも、『ガザ 攻撃される医師たち』の場面の画像を展示します。原口さんに個人で映画を上映することになった経緯を書いてもらいました。
(どうしてこんな映像が、テレビで取り上げられないのか)
イスラエル軍の爆撃で母を殺されたことを受け入れられず、夜、墓の上で語り かけながら眠りに就くパレスチナ人の子ども。
ガザのジャーナリストがスマートフォンで撮影して X で発信し、在英パレスチナ 人が英語字幕をつけ、何回もリポストされた映像を見ているうちに、私はそう思 った。
愛嬌あるペットや隣国で起きた珍事については、ソーシャルメディアの映像が すぐオールドメディアで流れるのに。
(二重のブラックアウトだ。イスラエル軍がガザ地区を囲う壁の中で通信設備を 破壊しジャーナリストを殺害していくあいだ、壁の外の私たちは中からかろうじて発信された映像を受け止める姿勢すらもっていなかった)

人間に想像できる「最悪」の底を更新し続ける現在に抗して 、自分もできる限りのことをしよう。産業翻訳者として広告づくりのため生活の糧をもらいながら培った技術を、事実を伝えるため惜しみなく無償で注ぎ込もう。そう考えて、私は 現地発信の映像に日本語字幕をつけた。
英 BBC が『GAZA: DOCTORS UNDER ATTACK』放送中止を発表したのは、そ れからあまり経っていないころだった。前月に 600 人あまりが放送を要求する公開書簡を発表していたのを私は知っていたから、驚いて、検索した。すると、リー クされた映像がすぐ見つかった。
このテレビドキュメンタリーは、ガザの医療従事者や医療インフラに対するイ スラエル軍の攻撃にフォーカスしている。病院がなくなれば人はちょっとしたけがや病気でも命を落とすようになるし、医師がいなくなれば同じ専門知を持つ人 を育てるのに何年も膨大なコストが必要になるから、たとえイスラエル軍が攻撃を今日やめたとしても、パレスチナ人がばたばたと死ぬ状況は明日からも長く続く。 これは「当該集団の全部又は一部に対し、身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること」だ(国際刑事裁判所に関するローマ規程第六条 c 項)。ガザのジェノサイド犯罪を構成する数々の要素の中でも特に重要なこの行為に、初めて 1 時間あまりを割いてその実態に迫ろうとしたのが本作だ。しかも、 高水準の報道を要求するオールドメディアのために、すでに現地からソーシャルメ ディアで発信された映像も使いながら、英国の制作会社と現地ジャーナリスト2人が共に作り上げている。
私は何度も見た。気がつくと、仮の日本語字幕が手元にできあがっていた。25 年 7 月のことだ。

イスラエル軍の襲撃を受けたカマル・アドワン病院の院長で小児科医のフサム・アブ・サフィヤ医師。同医師はイスラエル軍に拘束され、起訴も裁判もなく、拘束は続いている。イスラエルの刑務所で深刻な拷問や虐待を受けているとして、国際的に釈放運動が起きている。(写真は、『ガザ 攻撃される医師たち(Gaza: Doctors Under Attack)』より)
その後、BBC に代わり英 Channel 4 と米 Zeteo が本作を買い取り、前者が英国 内で、後者が英国外で放送・配信をはじめた。私は後者と交渉する準備をし、複 数の映画館や配給会社に企画書を送ったが、どこからも「やりましょう」と言ってもらえなかった。その間に私は、パレスチナに関する国連特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼの著書『世界が眠っているあいだに パレスチナの物語、言葉、傷』(地平社、26 年 7 月刊)の翻訳にかかりきりになり、上映は御蔵入りになりかけた。
26 年 5 月、本作が英国アカデミー賞テレビ時事部門最優秀賞を受賞したと報じられた。私が未練をつぶやくと、赤羽でスタンディングや上映会をずっと続けているルナさんという方が、 協力を申し出てくれた。あいにく契約の都合で赤羽では 上映できなくなったが、その申し出がなければ私は、映画館や配給会社に頼らず自分でZeteo と契約して市民上映会を始めよう、とは思わなかった。同時に川上泰徳さんからもお声がけをいただき、「パレスチナのいま」展で上映する貴重な機会が得られた。
本当に、苦しい映像。子どもや、心身に懸念がある人にはとても見せられない。 だが事実こそ、あらゆる虚妄を打ち破り、過去と現在を批判し、未来へ踏み出すための足場だ。証言した医療従事者たちと報道したジャーナリストたちに心から の敬意を捧げると同時に、この重すぎる事実に向き合うすべての人びとに、共に分かち合ってくれてありがとうと言いたい。
□映画『ガザ 攻撃される医師たち(Gaza: Doctors Under Attack)』の上映会の詳細は➤パレスチナの夜 | パレスチナのいま