中東ジャーナリスト 川上泰徳
2023年10月に始まったイスラエルによるガザ攻撃で、これまでに2万1千人以上の子どもが殺害された。その中でも世界の注目を浴びたのは6歳の少女ヒンド・ラジャブの殺害である。親類の車に乗っているところを銃撃されて、周りの6人全員が死んだ車から、救急通報センターに助けを求めながら、最後は至近距離から戦車に銃撃されて命を落とした。その実話をもとに再現した映画「ヒンド・ラジャブの声」(カウテール・ベン・ハニア監督)が、9月4日(金)から東京を皮切りとして、全国で公開される。
ガザでの子供の犠牲を象徴する出来事だが、この映画のパンフレットに私(川上泰徳)が執筆した記事を、配給会社の承諾を得て、このサイトで再録する。
国連人権理事会に6月18日、独立国際調査委員会は「2023年10月7日以降、占領下パレスチナでのイスラエルによるパレスチナの子供たちを標的とする意図的な攻撃があった」とする報告書を提出した。その中で、ヒンド・ラジャブの殺害を代表例のトップに上げて、「2024年1月29日、ガザ市テル・アル=ハワにおいて、パレスチナ人の家族7人(うち子供4人)と、彼らを救護しようとしていたパレスチナ赤新月社(PRCS)の救急車に乗っていた救急隊員2人がイスラエル治安部隊による攻撃を受け、殺害された」として、次のような調査結果の詳細を記述している。
2024年1月29日午前8時頃、男性とその妻、4人の子供、そして5歳半の姪であるヒンド・ラジャブが、テル・アルハワからの避難を試みていた。
12:00、一家の長女である15歳のラヤンはヒンドの母親と電話で話し、自分とヒンドが負傷し、残りの家族は全員死亡したことを確認した。
その後、赤新月社からの電話にはヒンドが出たが、背景には銃声が響いていた。通話の一つで、ヒンドは母親に対し、上腕、背中、足に銃弾を受けたと伝えた。

ヒンドと母親との通話は19:00頃まで続いたが、その後ヒンドは話すのをやめた。ヒンドはおそらくこの頃に死亡したものとみられる。
調査報告書は、短い箇条書きのような事実報告の文章でありながら、「銃声」「悲鳴」「途絶える応答」「助けを求めるヒンド声」がリアルタイムでオペレーターや母親に届いていたことが伝わり、緊迫感と悲惨さが浮き彫りになっている。

パレスチナ赤新月社の緊急通報センターのコンピュータに映し出されたヒンド・ラジャブ(本人)の写真(映画「ヒンド・ラジャブの声」より)
調査報告書ではヒンドの救出のために向かった救急車への攻撃についても、次のように記述している。
17時40分頃、ガザ市のアルアハリ・バプテスト病院から、イスラエルの「占領地政府活動調整局(COGAT)」およびガザ保健省からの許可を得た後、救急隊員2名を乗せたパレスチナ赤新月社の救急車が派遣された。 救急車が、ヒンドが閉じ込められていた車から約200メートルの地点に差し掛かったとき、赤いレーザー光線が救急車を照らした。 救急隊員とパレスチナ赤新月社との通話中、激しい銃撃音と戦車の砲撃音が聞こえた。パレスチナ赤新月社と救急隊員との通信は18:00に途絶えた。

赤新月社の緊急通報センターのガラスに張られたヒンドの写真(映画「ヒンド・ラジャブの声」から)
報告書では現地でのヒンドらの遺体の回収や、現場での映像を確認して次のように書く。
ヒンドの遺体、彼女の家族6人の遺体、そして救急車内にいた赤新月社の救急隊員2人の焼け焦げた遺体は、12日後に回収された。それ以前、赤新月社は当該地域にイスラエル治安部隊が展開していたため、現場に立ち入ることができなかった。 ヒンドの車は損傷を受けていた。おそらくイスラエル軍の装甲ブルドーザーによって無理やり動かされ、ガソリンスタンド前のコンクリートの縁石に押し付けられていたためだろうが、遺体の回収が困難となっていた。
赤新月社の救急車は、その車から約40~50メートル離れた場所で発見されたが、焼けて原形を留めていなかった。 委員会は、現場の映像を確認した。そこには、押しつぶされ、焼け焦げた救急車の残骸が映っており、車内の残骸からは人間の脊椎や股関節の骨が確認できた。救急車の左後部ドアには、約23×26センチメートルの貫通孔が確認され、これは120mm M830A1高爆発性対戦車多目的トレーサー弾(HEAT-MP-T)の着弾痕と一致していた。 発射済みの砲弾も、車両近くの現場で発見された
調査報告書では「ラヤンへの通報で聞こえた銃声の音声弾道分析の結果」として次のように書く。
この車両は、イスラエル製の装甲戦車「メルカバ」に搭載された7.62×51mmのベルギー製FN機関銃(MAG)によって、おそらく13~23メートルの距離から射撃されたことが判明した。戦車と車の距離からすれば、戦車内のイスラエル兵は車内の子供たちをはっきりと見ることができたはずであると委員会は評価した。

ヒンドを励ましている男性スタッフの周りに集まる赤新月社の緊急通報センターの同僚たち(映画「ヒンド・ラジャブの声」から)
報告書ではイスラエル軍の事件後の対応について次のように書く。
2024年2月24日、イスラエル治安部隊はメディアに対し、予備調査の結果、同部隊は当該車両の近くにいなかったことが示されたと伝えたとされる。イスラエル治安当局は、その地域には自軍が展開していなかったため、赤新月社の救急車について現場部隊との安全通行の調整は必要なかったと主張した。
イスラエル治安部隊はさらに、この事件は、軍事作戦中の例外的な事件の調査を担当するイスラエル軍の機関である「参謀本部事実調査評価メカニズム」に引き継がれたと報じられている。しかし、2年以上が経過しても、イスラエル軍で、いかなる調査も行われたという情報を委員会は把握していない。
調査委員会は、「イスラエル治安部隊が『部隊は、少女が発見されたとされる車両の近くや、その射程範囲内には存在しなかった 』という主張は虚偽である」と認定した。その理由について、委員会はこう書いている。
衛星画像、供述、およびイスラエル治安部隊からの避難命令を検討した結果、事件現場に隣接するファレスガソリンスタンドの周辺にイスラエル治安部隊の車両が存在していたと結論付けるに足る合理的な根拠があると判断した。 ある衛星画像では、最も近いイスラエル軍の戦車と、その車が駐車されていたファレスガソリンスタンドとの距離は約275メートルと推定される。
委員会は、次のように結論付けている。
その時、イスラエル治安部隊の第162師団傘下の第401旅団が、その地域で作戦を行っており、車内に子供たちがいることを知りながら、ヒンド、ラヤン、その他の子供たちを至近距離から射撃するなどして、車内の家族を意図的に標的にし、赤新月社の救急車への砲撃によってヒンドの医療救助を妨害した。
この独立国際調査委員会の報告書では、2023年10月以来、これまでに2万人以上の子供が殺害されえていることについて、イスラエル軍が子どもを「標的にしている」と認定し、その冒頭でヒンドの例が登場する。報告書の記述にリアリティを与えているのが、殺害される直前まで続けられたパレスチナ赤新月社のホットラインオペレーターとヒンドとのやり取りであることが分かる。
報告書には「子どもであること、そのものが破壊された (The essence of childhood has been destroyed)」というタイトルがつけられている。子どもは戦争において特別に保護されるべき存在であり、その子どもを意図的に標的にすることによって、単に生命を奪うだけでなく、人間社会が守るべき「子ども」という存在の根本的価値まで侵害している、という強い倫理的告発が込められているというべきだろう。

上は、「ヒンド・ラジャブの声」の映画パンフレットで、この記事のページ。
※「ヒンド・ラジャブの声」公式サイト:https://hindrajabjp.com/