■分離壁(1):地域を分断する壁

イスラエルがヨルダン川西岸に建設した700キロに及ぶ「分離壁」。分離壁は、パレスチナ人の生活を分断している。様々な分離壁を紹介する。(川上泰徳)

2022年5月、ヨルダン川西岸で取材中に銃弾で頭を撃たれて死亡した中東カタールの衛星放送局アルジャジーラの記者シリン・アブアクレさんの肖像画えがかれた分離壁(ベツレヘムで、川上泰徳撮影)

右の図は国連が出したヨルダン川西岸の分離壁のルートである。緑色のグリーンラインは1948年の第1次中東戦争(イスラエルの独立戦争、アラブ側の「ナクバ(大破局)」)での休戦ラインであり、イスラエル領とヨルダン川西岸の境界を示している。

分離壁の赤い線を見れば分かるが、西岸に飛び出して建設されている。大きく飛び出している場所に、イスラエルが西岸に建設している入植地を取り囲み、守るように建設されている。戦争で取得した領土に自国民を居住させる入植地の建設は国際法で禁止されている。

飛び出していない場所でも、分離壁はグリーンラインの上に建設されているのではなく、西岸に踏み込んで建設されている。分離壁がパレスチナ人の町村の中に建設され、町が分断されている場所もある。町村が分断されると、分離壁とグリーンラインの間に挟まれた住民は、西岸の住民なので、イスラエル側に居住は認められても、イスラエルの市民権を取得しなければ、自由に動き回ることはできず、西岸に行こうと思えば、分離壁を迂回して、検問を通るしかない。

西岸では分離壁の近くに住む住民は、自分の農地が分離壁の向こうになり、自分の畑やオリーブの実の収穫をするのに、イスラエル軍の許可を取らねばならなくなる。特に、2023年10月のイスラエルによるガザ攻撃が始まった後は厳しくなった。

エルサレム郊外でパレスチナ人の居住地を分断している分離壁。右側がエルサレム側で、壁の外側(左)はヨルダン川西岸。この地域は壁の内側も西岸なので、エルサレムの居住権を得なければ、エルサレムを動き回ることもできない。(川上撮影)

エルサレム近郊にある道路をせき止めて立つ分離壁。かつては壁に向こうに伸びていた道路が、分離壁が建設されて、通りも地域も分断された。

昔からあるパレスチナ人の町に分離壁が建設され、住宅が分離壁と向き合うことになった。(ベツレヘムで、川上撮影)

分離壁は決してパレスチナの町はずれに建設されたわけではないことがわかる一枚。住宅が密集し、交通が混雑する場所に分離壁が建設されている。(ベツレヘムで、川上撮影)

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